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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2017.01.19

後西天皇と「小ひし花ひら」

花びら餅

「花びら餅」

正月ならではの菓子に「花びら餅」があります。円(まる)くのした餅に小豆の渋で染めた菱餅を重ね、蜜炊きした牛蒡(ごぼう)と味噌餡を中心に置いて、それを半円形に畳んだのもの。宮中の正月の行事食、「菱葩(ひしはなびら)」がその原形です。明治に入り、裏千家の初釜で菓子に仕立てて使われ、近年では年末年始にかけて、全国の菓子屋の店頭で見かけるようになりました。
江戸時代の公家の茶会記に使用例がないかと探してみたところ、「花びら餅」そのものではありませんが、近衛家煕の茶会記や、さらに遡って後西天皇(ごさいてんのう)の弟が記した茶会記「後西院御茶之湯記」に興味深い記述がありました。

中継ぎの天皇

後西天皇(1637~85)は後水尾天皇の第八皇子として誕生しました。兄の後光明天皇の後継者が幼子であったことから、その子が大きくなるまでの中継ぎで天皇となります。彼の業績には、譲位後も続けた歴代天皇収集の典籍・記録などの副本の作成があります。現在の京都御所にある東山御文庫の基となっています。
父の素養を受継ぎ、和歌、書、茶道に造詣が深く、当時の公家の間では、歌舞音曲や歌会などを伴った広間での茶会が多かった中、晩年になると小間での侘び茶に通じる質素なお茶を好んだようです。

正月の茶会に「小ひし花ひら」

延宝8年(1680)1月20日の茶会では、菓子に「小ひし花ひら、ふくさこん、さんせうのかわ」が記されています。実際にどのような形で茶席に出されたのか、この記述だけでは分かりませんが、正月の茶会の菓子としての使用が確認できます。
虎屋には残念ながらこの注文記録は見当たりませんが、同時代の虎屋の記録を見ると、貞享4年(1687)、公家である一条家の注文として「大はなひら、小はなひら、大ひし、小ひし」とあり、それぞれの枚数が書かれています。また宝永8年(1711)正月には、同じく一条家の注文で、絵図入りで同様に「花平 大キサ 小、花平 大キサ 大」、次の頁には御所からの注文で、更に大きく描かれた絵図とともに「大キサ如此」と書かれています。測ってみると直径16cmほどでしたので、「小ひし花ひら」はそれより小さいであろうと思います。
なお、一緒に記されている菓子の「ふくさこん」は昆布を袱紗(ふくさ)のように軟らかく煮た佃煮「袱紗昆布」、「さんせうのかわ」は「山椒の皮」、山椒の若木の皮を剥いで、水にさらし、灰汁を抜いて、塩漬け、あるいは佃煮のようにした「辛皮(からかわ)」のことでしょう。

※ 奈良一乗院宮の真敬(しんけい)法親王

宝永8年正月 一条様御用  宝永2年(1705)「諸方御用留帳」から

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

谷端昭夫 『公家茶道の研究』 思文閣出版 2005年

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