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歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。

※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2011.12.16

モースと餅

大森貝塚の発見で名高いエドワード・モース(1838~1925)については、以前にも何度かとりあげています。 明治初期に来日した際のことを記した『日本その日その日』(平凡社東洋文庫)には、新年についてのさまざまな記録もあります。 12月には、東京中のあちこちに、正月飾りや子どものおもちゃを売る市が立ちました。モースは「新年用の藁製家庭装飾品」(注連飾り)について、 いくつもの繊細な絵とともに記しています。門松の竹を「風琴管(オルガン・パイプ)のよう」という表現は、いかにも外国人らしいものです。

正月料理と餅

おせち料理の記録もあります。「新年には必ず甘い酒が出される」というのは、お屠蘇のことでしょう。 「魚から取り出したままの魚卵の塊」は数の子、「棒のように固い小さな乾魚」は田作りのことでしょうか、蓮根や昆布巻きなどとともにスケッチされています。
餅は「新年に好んで用いられる食品」で、その製法について「ねばり気の多い米の一種でつくられるが、 先ずそれを適当に煮てから、大きな木の臼に入れ、長い棒で力強くかき廻す」「次にそれに米の粉をふりかけ、大きな木の槌で打つ」などと記し、 へばりついた餅から杵を抜くのに難儀している男を描いた、北斎の漫画まで紹介しています。
モースはねばりの強い餅を「不出来な、重くるしい麪包(パン)を思わせる」とする一方、「薄く切ったのを火であぶり、焦した、 或は褐色にした豆の粉(きなこ?)と、小量の砂糖とをふりかけて食うとうまい」とも記しています。当時もよく食べられていたというこの餅は、 安倍川餅のことと思われますが、モース好みだったとみえます。
ちなみに虎屋のパリ店でも黄粉を使った菓子は人気があるようで、黄粉の風味は西洋の人の嗜好に合うのかもしれませんね。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

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