歴史上の人物と和菓子

今も昔もお菓子好きはいるものです。歴史上の人物にまつわるお菓子のエピソードを連載しています。
※ お菓子の画像はイメージです。お問い合わせは菓子資料室 虎屋文庫までお願いいたします。

2011.07.15

寺島良安と達磨隠

『和漢三才図会』より
達磨隠

百科事典の執筆者

寺島良安(てらじまりょうあん・生没年未詳)は、中国の『三才図会』(さんさいずえ)にならって、我が国初めての図説百科事典『和漢三才図会』105巻の編集をなしとげた人物です。 経歴は不明ですが、大坂城の御城入(おしろいり)医師を務めながら、三十数年を同書の執筆や編集に費やし、正徳2年(1712)に完成させました。
『和漢三才図会』は、天人地の三部作で、天部では天候や暦、人部では人倫・宗教・生活様式・器具など、地部では山・水・火・中国や日本の地理・植物類、そして醸造類が解説されています。 和漢の古典籍を利用した説明のあとで、現状についての記述があり、江戸時代の生活風俗を知る上でも価値ある史料といえます。良安の博覧強記ぶりには圧倒されますが、本人はいたって謙虚で、 「文は杜撰(ずさん)、事の目論(もくろみ)も全く不十分なため、人々からそしり笑われるにちがいない」(原文は漢文)と序文に述べているほど。補筆訂正されることにより、この書が 大成することを望む旨もあり、人柄が偲ばれます。
菓子については醸造類の項にあり、羊羹・饅頭・カステラ・求肥など、現在もおなじみのものが挿絵とともに見え、親しみを感じさせます。そうしたなかで注目したいのが、 衣がけの菓子の一種として見える「達磨隠(だるまかくし)」です。

謎めいた珍名菓子

同書によると、「達磨隠」は、温州(うんしゅう)ミカンに似た九年母(くねんぼ)の皮を切って、 砂糖の衣をつけたもの。なぜこの名前がついたのでしょう?解説を読むと、材料の九年母に、「九年面壁」 (くねんめんぺき…中国の少林寺で達磨が壁に向かい、九年間も座禅を続けた意)をかけていることがわかり、 言葉遊びに頬がゆるみます。九年母は当時、さほど珍しい果物ではなかったので、その味わいから、名前の謎が とけるという落ちになったのかもしれません。虎屋の元禄年間(1688~1704)の御用記録ほか他店の菓子資料に 「達磨隠」の名が見えるように、かつてはよく作られ、人気もあったと思われます。随筆の『嬉遊笑覧』(1830序)に 「今も有り」と見えますが、いつのまにか幻の菓子になってしまい、良安も残念に思っているのではないでしょうか。

※この連載を元にした書籍  『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・税込1944円)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)

参考文献:

島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注『和漢三才図会』東洋文庫 平凡社 1991年

虎屋のウェブサイト上に掲載しております内容(上記「歴史上の人物と和菓子」内の文章を含みます)に関する著作権その他の権利は虎屋が有しており、無断に複製等行いますと著作権法違反等になります。当ウェブサイトに関する著作権等については、以下のページをご覧下さい。

著作権について


トップへ戻る