虎屋は、この後陽成天皇の御在位中 (1586〜) から朝廷にお菓子をお納めしてまいりました。朝廷の御用を勤めさせていただく店は、京都という町で、二、三代と世代を重ねて、社会的信用のある技術力の高い老舗が勤めています。

虎屋も1500年代の京都で老舗という評価を得ていた菓子屋だったのでしょう。後陽成天皇の御在位中からさかのぼると少なくとも1500年代の前半には菓子屋として商いをしていたと思われます。480年を超える間、日本を代表する菓子屋のひとつとして経営を続けてまいりました。

しかしながら、この当時の虎屋の具体的な姿はなかなか浮かびあがってまいりません。ただ歴史的な事件に虎屋の名前が出てきたことがあります。

1600年に天下分け目の関ヶ原の戦いがおこりました。犬山城主石河 (いしこ) 備前守 (宗林) は豊臣方の西軍に属していましたが、戦に敗れ落ちのびました。備前守は京都に隠れひそんだのですが、この人を徳川方の厳しい探索からかくまったのが虎屋の主人でした。名を黒川円仲 (えんちゅう) といいます。虎屋ではこの人を中興の祖と呼んでいます。
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