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元禄5年(1692)4月24日、2度目の随行で5代将軍徳川綱吉に謁見した際、ケンペルは江戸城で出された菓子について、以下のような内容を記しています。 @ 胡麻つきの中空の小さなパンのようなもの。A白い縞のついた精製した砂糖。B皮付きの榧(かや)の実。C四角い焼菓子。D蜂蜜の入った漏斗(ろうと)形の厚く巻いた褐色の菓子。少し歯切れが悪く、側面の一方に太陽とバラの形、もう一方に桐の木の葉1枚と花3つ(内裏の紋)がついていた。E豆粉と砂糖で作った赤褐色のもろい四角の薄い煎餅。F黄色の焼餅。G焼いて小さく切った四角い菓子。中に柔らかい求肥入り。H大きな壺に入れた餡入りの饅頭。IHより小さい普通の大きさの饅頭。
@は江戸時代の菓子製法書などにみえる「胡麻胴乱(ごまどうらん)」を思わせます(「牧野富太郎とドーラン」参照)。また、Dの歯切れが悪い菓子とは、餅菓子のことでしょうか。 一行は、すべての種類を少しずつ食べ、残りは白い紙に包んで持ち帰ります。退出後、謁見に同席した長崎奉行が「オランダ人がこんなに厚遇されたことは初めてです」と語っているので、こんなにたくさんの菓子が出たのは、特別なことだったのかもしれませんね。 残念ながらケンペルは、味についての感想を書いていませんが、それにしても細かな描写です。宿で包みを開き、あらためてよく観察してから日記に書きとめたのでしょうか。
*将軍に貿易許可の礼を述べるため、江戸城に謁見に赴くこと。
参考:『江戸参府旅行日記』平凡社 1997年
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