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黒川武雄と『空の旅』

掲載日2011年2月16日
黒川武雄と虎屋

黒川武雄(1893〜1975)は虎屋の十五代店主です。開業医福田恭敬(やすたか)とクメの四男として、熊本県伊倉町(現玉名市)に生まれました。15才で父が死去したため家族とともに東京へ出て第一高等学校入学後、虎屋店主であった黒川光景の養子となりました。大正6年(1917)に東京帝国大学を卒業して第一銀行(現みずほ銀行)に入行、同年光景の一人娘算子(かずこ)と結婚します。2年後には同行を退職して、虎屋へ入って家業を継ぎます。
 武雄は大正から戦前という時期に虎屋の経営を近代化した人物で、昭和22年(1947)から40年までは参議院議員として国政に尽力し、中小企業育成や和菓子業界の発展にも貢献しました。また俳句(俳号・一五)や油絵、謡など多趣味な私生活をおくっています。


夕焼けを羊羹に

武雄は自ら菓子作りに励み、小形羊羹(黒川武雄と小形羊羹参照)や懐中汁粉『小鼓』など沢山の菓子を考案しています。羊羹の『空の旅』も武雄が考案した菓子です。昭和26年5月、厚生大臣を務めていた武雄は、ジュネーブで開かれたWHO(世界保健機関)の総会に出席しました。その旅の途中、飛行機の窓から見た夕焼けの美しさを「機は高度を高めて、白雲の波の上をとぶ。折から夕陽が白雲に映えて、ゑも云えぬ美しさだ。」と随筆に記しました。この時の情景に想を得て、同年12月に発売したのが『空の旅』で、紅地に散らした白小豆は、夕焼け空に浮かぶ白い雲を表わしています。
『空の旅』には発売当初より「白小豆入り」と表示していました。白小豆は独特の風味があり、白煉羊羹、お汁粉、白餡などに使用していますが、生産量が限られるため、虎屋では群馬県に指定農場を開設して安定的な入手に力を尽くしています。この白小豆栽培の本格的な取り組みは、武雄が昭和2年に群馬県利根郡農会に栽培を委託したことに始まります。
 当時の虎屋の羊羹は『夜の梅』と『おもかげ』でしたが、新たに紅色の『空の旅』が加わったことになります。現在、大棹、竹皮包、中形、小形で販売されていますが、昭和44年から47年までの期間には、水羊羹の『空の旅』も販売されていました。 今年は『空の旅』発売から60年、4月1日から中形羊羹と小形羊羹にサイズをしぼり、販売店も羽田と成田の空港に限定されることとなりました。これからも空の旅を続けることでしょう。

参考:黒川武雄『空の旅』(東光社 1951年)



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