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樋口一葉と雪の日の汁粉

掲載日2011年1月16日
参考:汁粉
早世の女流作家

樋口一葉(1872〜1896)は、戦後はじめて紙幣の肖像になった女性として大きな話題となりました。東京に生まれ、14歳で中島歌子の主催する歌塾「萩の舎」(はぎのや)に入門、古典の教養を身につけました。父が早くに病死、戸主として一家を支えるため、文筆活動をはじめます。しかし、作品は思うような収入につながらず、下谷龍泉寺町(現・台東区)に転居、子ども相手の駄菓子、おもちゃを並べた荒物店を開きます。この経験は、吉原を舞台に下町の子どもたちの日々を描いた『たけくらべ』に生かされました。
明治27年(1894)に『大つごもり』を発表、肺結核により24歳の若さで没するまでのわずか14ヶ月間に『にごりえ』、『十三夜』などの傑作を次々に発表しました。


雪の日のできごと

明治24年、小説を書きはじめた一葉は、東京朝日新聞の記者で小説家の半井桃水(なからいとうすい)を紹介されます。桃水は長身の好男子だったようで、一葉は初対面の印象を「色いと白く面おだやかに少し笑み給えるさま、誠に三才の童子もなつくべくこそ覚ゆれ」と日記に記し、ほのかな想いを寄せていたといわれます。
翌年の2月4日、桃水に執筆の手ほどきを受けていた一葉は、寒空のもと、みぞれまじりの雨が降るのも厭わず桃水の家へ向かいます。ところが、主は前日の帰宅が遅かったため、寝ている様子。一葉は風の入る寒い玄関先で2時間近くも目覚めを待ち、やっと起きてきた桃水に、何故起こしてくれなかったのか、あまりに遠慮が過ぎると大笑いされます。
桃水は、友人らと創刊する雑誌のことなどを語り、やがて、隣家から鍋を借てくると、雪でなければ、盛大にご馳走するつもりだったのだが、と断りながら、汁粉を作りはじめます。そして、「めしたまえ、盆はあれど奥に仕舞込みて出すに遠し。箸もこれにて失礼ながら」と餅を焼いた箸を添えて出すのでした。女所帯に暮らす一葉に、こうした桃水の飾らない人柄は新鮮に写ったのではないでしょうか。
この雪の日のことは会話の内容まで細かく日記に記されており、苦労の絶えない人生のなかで、特筆すべき、心躍るできごとだったことをうかがわせます。寒い雪の日、手製の素朴な汁粉も、一葉にとっては、心も体も温まる最上のご馳走だったことでしょう。

参考文献:『樋口一葉 ちくま日本文学全集』(筑摩書房、1992年)



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