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紀州藩士酒井伴四郎(さかい ばんしろう 1833-?)もそうした藩士の一人でした。万延元年(1860)妻子を故郷和歌山に残して単身赴任、住まいは赤坂の中屋敷(現:港区赤坂御用地・迎賓館)、敷地が13万坪もある広大な屋敷です。しかし、禄高30石という下級武士の伴四郎は、間口1間半の長屋に同僚2人と同居です。
伴四郎が書いた詳細な日記からは、生き生きとした江戸での生活を知ることが出来ます。食事は自炊が基本、安い食材を買うなどして倹約につとめています。でも時には、同僚と酒や食べ物を持ち合って、ささやかな宴会をすることもありました。また、鮨やドジョウ鍋、ブタ鍋といった外食を楽しみ、牡丹餅や桜餅などの菓子や汁粉もよく食べています。
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