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八代目桂文楽と甘納豆

掲載日2010年1月16日
参考:甘納豆
粋な昭和の名人

落語家の八代目桂文楽(かつらぶんらく1892〜1971)は、江戸前の粋と緻密で洗練された芸風で愛された昭和の名人です。どらやきで有名な上野の「うさぎや」の裏手に住んでおり、そのあたりの地名をとって「黒門町(くろもんちょう)」の愛称で親しまれました。
食事ひとつにもこだわりがあり、老舗の佃煮や新香で白いご飯を食べ、果物、それから濃いお茶で和菓子。菓子は「うさぎや」の半生菓子、わけても餡を砂糖の衣で包んだ石衣(いしごろも)が好物だったようです。食後に煙草を一服、キセルで深々と吸い、灰吹きへ「コーン!」とはたいて「へい、うまかったよ」と立ち上がる。そんな一連のさまを、弟子の柳家小満んは「師匠の朝の食事は、思えば、芝居の一場面のようであった。」と回想しています。


売店から消える甘納豆

文楽の当たり芸といえば「明烏(あけがらす)」でしょう。
―若旦那が学問にしか興味がないので、大旦那は心配。町内の若者に吉原に連れて行ってくれるよう頼みます。若い衆は、堅物の若旦那を「お稲荷様のお篭り」だと騙して連れ出し一泊させます。翌朝、部屋をのぞきにいってみると、様子は一変・・・―
すっかり遊びの楽しさを覚えた若旦那ののろけを聞きながら、くやしまぎれに若旦那の部屋にあった甘納豆をつまみ食いする男たち。「朝の甘味はおつだね。これで濃い宇治茶かなんか入れてね。思い残すこと、さらになし」との負け惜しみに、江戸っ子らしいおかしさが漂います。
文楽はこの噺を師匠・三遊亭圓馬に教わりました。師の芸について、『芸談 あばらかべっそん』で「羊かん一つたべるしぐさでも、どういう家の羊かんか、ちゃんとたべ分けてみせてくれるし、豆だって枝豆、そら豆、甘納豆、みんなたべ方がちがうんです」と語っていますが、文楽の甘納豆をつまむ仕草も実に見事で、指についた砂糖のざらざらした感じまで伝わるようだと評判でした。文楽の「明烏」がかかると、寄席の売店の甘納豆が売り切れたとの逸話も残っています。

参考文献:
柳家小満ん『わが師、桂文楽』(平凡社)
桂文楽『芸談 あばらかべっそん』(筑摩書房)
暉峻康隆『落語藝談』(小学館)



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