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一代で巨万の富を築いた文左衛門には、節分の時に枡に小粒金を入れて撒いた、というような豪遊ぶりが伝わっています。
文左衛門が月見を楽しんでいた時のこと。入り口でなにやら騒ぎがします。見れば、巨大な饅頭を載せた台が運び込まれてくるではありませんか。そのままでは饅頭が入らないために、戸口や階段を壊していたのです。
友人からの贈り物だという話に、人々はびっくりするやら呆れるやらでしたが、ともかく割ってみると、中には普通の大きさの饅頭がぎっしりと詰まっていました。蒸すための釜や蒸籠まで特別に誂えて作らせたというこの巨大饅頭の値段は、1個70両。壊した戸口は、一緒に連れてきた大工が数十人掛かりであっという間に直していったという手際のよさでした。
この話には後日談があります。文左衛門がその友人のなじみの遊女のもとを訪れ、座敷に蒔絵の小箱を置きました。人々がそれをあけると、中から豆粒ほどのカニが数百匹も這い出し、座敷中がカニだらけ、遊女や禿(かむろ)が逃げ惑って、またまた大騒ぎとなりました。そのカニを捕まえてよく見ると、小さな甲羅の一つ一つに、文左衛門の友人と、遊女の紋が金で描かれていたといいます。これが先の饅頭の御礼というのですから、お大尽のばかばかしいお金の使いかたは、想像を絶するものがありますね。
*「吉原雑話」(『燕石十種』第5巻 中央公論社 1980)
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