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また、文禄3年(1594)7月には家康が言経の屋敷を訪れることになりました。山科家では数日前から障子や床を直したり、義兄に茶道具や屏風を借りたりと準備に大忙し。訪問当日には、義姉から「マンチウ・同油アケマンチウ・キントン・茶子・油物」などが届けられています。いずれも菓子と考えられますが、特に「油アケマンチウ(揚げ饅頭)」や「油物」といった揚げ物があることが注目されます。
家康は、天麩羅の食べすぎで亡くなったとの説があるほど、晩年揚げ物を好んだようです。言経もそれを知っていて、義姉に頼んで揚げ饅頭を取り寄せたのでしょうか。日ごろ世話になっている恩人を喜ばせようとする心配りだったのかも知れません。
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