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あるとき永井求馬(ながいもとめ)という者が小普請組頭に任命され、慣例通り同僚をもてなしました。ところが後日同僚の一人が、永井が出した菓子は鈴木越後のものではないと言い出します。すると他の者も同調し、ついに永井とその指導役の船田兵左衛門(ふなだへいざえもん)の2人を前に、同僚23人が勢ぞろいしての尋問となりました。 船田が白状したところによると、高価な鈴木越後の菓子を避け、代わりに数年出入りのあった金澤丹後に頼んだとのこと。これを聞いた同僚たちは「さればこそ越後にてはなかりけり。ようかん(羊羹)麁(あら)し、越後は中々細(こまか)にて、さる味にてはなかりけり」と口々に責めたて、2人はとうとう手を突いて謝るはめになります。
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