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明治42年(1909)4月25日の日記には、散歩に出かけた先の風景が綴られます。
「早稲田田圃から鶴巻町を通る。田圃を掘り返してゐる。遠くの染物屋に紅白の布が長く干してあつた。大きな切り山椒の様であつた」
うららかな春の日の、いかにものどかな風景です。切山椒とは、山椒を入れた短冊形の新粉(うるち米の粉)の菓子で、東京では今も11月の酉の市の名物としても知られています。干された布の質感が、柔らかな新粉餅を連想させたのでしょう。
また、病気の療養中には、活けてもらったコスモスを描写しています。花瓶の後ろには砂壁と金銀の戸袋があり、白と赤の花が美しく映えていました。漱石はコスモスを干菓子に似ていると言うのですが、花を活けた人物には、その感覚が伝わりません。何故ですかとの問いかけに、漱石は「何故と聞いちや仕方がない」と答えるのでした。
どちらも、普段から菓子に親しんでいてこその感性と思われ、ほほえましくなります。
*『漱石全集』(岩波書店)より
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