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荷風は甘いものが大好きで、火鉢で林檎ジャムを煮ながら執筆をしたといいます。彼には『毎月見聞録』という間欠的に発表された記録があり、大正6年(1917)に開かれた菓子陳列会の記述があります。そこには「二月五日より三月二十日まで全国菓子陳列会を白木屋に開く、熊本の飴、和歌山の羊羹、京都の八ツ橋、夜の梅、大阪の粟おこし、甲府の月の雫(しずく) 、埼玉の五家宝(ごかぼう)、神奈川の喜楽(きらく)煎餅、大阪の柿羊羹、群馬の磯部(いそべ)煎餅、日光羊羹、仙台の九重(ここのえ)、金沢の長生殿(ちょうせいでん)、高田の水飴、長岡の越の雪、岡山の柚餅子(ゆべし)、吉備(きび)団子、博多の玉子素麺、長崎のカステラ、鹿児島のカルカン、文旦漬(ぶんたんづけ)、佐賀の丸ボウロなどかずゝゝ出陳」と記されています。熊本の飴とは朝鮮飴のことと思われます。京都の「夜の梅」は虎屋の羊羹で、博多の玉子素麺は、ポルトガル伝来の菓子です。
ここに記された菓子の多くは現在でも銘菓として作り続けられています。それにしても全国の菓子22品を書き連ねる荷風に、菓子好きの本領を見る思いがします。
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