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利鬯が41歳の明治14年(1881)、東北鉄道(現在のJR北陸本線)敷設推進運動のため、帰郷します。その際記したのが『御帰県日記(ごきけんにっき)』で、金沢や能登半島を精力的に巡回したことを綴っています。
もちろん仕事だけではありません。多忙な日程を縫い、書画を揮毫したり、家族へ手紙を送ったり、知人宅へ茶会に出かけたことなども書いています。
なかでも頻繁に出てくるのが食べ物です。帰郷途中、石動(いするぎ=富山県)では、昼食に種を抜いた西瓜が出されました。利鬯はそれを菓子と見違えるのですが「妙趣」と感心したり、本家の前田邸で出された栗餡がけのきび団子を「美味ニシテ雅品」と言っています。恐らく自身美食家だったのでしょう、訪れた先々で出されるものを楽しみにしていた風が日記の端々から感じられます。
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