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東武鉄道などを手がけ、「鉄道王」として知られている根津嘉一郎(1860〜1940)は、山梨郡正徳村(現山梨県山梨市)に生まれました。事業だけではなく、武蔵高校(現武蔵学園)、根津化学研究所、根津美術館など、教育・文化の分野でも尽力したことが知られています。また嘉一郎は青山と号して茶の湯を愛し、茶道具や東洋古美術の蒐集に力を入れています。
若い頃から古美術を愛好していたようですが、一躍注目されるのは明治39年(1906)、青山47歳の時の平瀬家売り立てでの落札です。足利義政遺愛の「花白河蒔絵硯箱」を当時としては破格な16,500円で落札します。こうして古美術界で頭角をあらわします。青山が茶の湯にいそしむようになったのは、50歳頃と言われていますが、数多くの名品を集めているにもかかわらず、一向に公式な茶会を開こうとはしない青山に対して、数寄者の間で陰口が聞かれるようになりました。そんな中、先輩茶人の高橋箒庵(そうあん)の仲介もあり、大正7年(1918)59歳の秋に「初陣茶会」を催しました。その見事な亭主ぶりは評判となり、関西の数寄者にもその名が伝わったと言われています。
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