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山東京伝(さんとうきょうでん1761〜1816)は粋な作風で黄表紙・洒落本・読本他を書いた戯作者です。北尾重政門下で北尾政演の画名を持つ浮世絵師でもあったため、浮世絵や多くの絵入文章を書き、好評を博しました。
その京伝が興味を持った米饅頭(よねまんじゅう)とは延宝〜元禄年間(1673〜1703)頃江戸浅草の待乳山聖天宮門前で売られ、流行った饅頭です。鶴屋、麓屋などの店が名高く、随筆・狂歌にも名物として取り上げられ、店がなくなった後も、文人達に興味をもたれ、その始まりや名前の由来について語られました。鶴屋の娘およねが始めたから米饅頭の名がついたとする説、材料が米であるから従来の小麦粉の饅頭と区別するため米饅頭といった説、よねは女郎の意味であるという説、また娘の名はおよねでなくお千代であるとした説などがありました。
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