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永く御所の御用を勤めてきた虎屋は、東京遷都後も菓子のご注文をいただいていますが、なかには贈答用の菓子もありました。
明治37年(1904)肺炎から一時危篤になった栄一に、明治天皇は見舞の菓子を贈っています。孫の敬三(後の日銀総裁・大蔵大臣)の回想によれば、四角い寒天の中に、羊羹で作られた金魚が二匹浮かんでいる美しい菓子ということでした(佐野眞一『渋沢家三代』)。 寒天を使った透明な菓子を虎屋では琥珀製と呼んでいます。琥珀製で金魚が泳いでいる菓子には、「蝉の小川」と「若葉蔭」がありますが、年代的にこの時の菓子は、「蝉の小川」※のことでしょう。
虎屋には渋沢家からのご注文記録も残されています。たとえば大正2年(1913)には、9回にわたってお菓子のご注文をいただいており、「夜の梅」や「塩の山」あるいは「羊羹粽」などをお届けしています。なかには餡なしとご指定の「椿餅」もありました。渋沢家の方々のお好みだったのでしょうか、興味深い所です。
※ 現在「蝉の小川」の金魚は練切で三匹となっています。また、特注品となっています。
なお、写真は「若葉蔭」です。
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