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出世の願望もない良寛は、生涯、住
職にもならず、人々の施しから日々の
糧を得ていました。そのため良寛の書
状には、酒、餅などを送られた折の礼
状が多数残っています。なかでも病に
倒れ衰弱の激しい時分に、滋養に富む
といわれた白雪こうを望んで書いた手
紙は、ふるえの見える筆跡が哀れさを
誘い、読む人の心を打ちます。その文
面は「白雪羔(こう)少々御恵たまは
りたく候 以上 十一月四日 菓子屋
三十郎殿 良寛」という短いもの(新
潟県柏崎・木村家蔵)で、死を翌年に
控えた文政十三年(一八三〇)十一月
に出雲崎の菓子屋にあてた手紙と推測
されています。食物ものどを通らない
ほど弱りきっていた良寛が望んだ白雪
こう…。いったいどんな菓子だったの
でしょう。
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