|
清少納言 (生没年不詳) は一条天皇の中宮定子に仕えた平安時代の才媛です。春はあけぼの…で始まる随筆『枕草子』はあまりにも有名ですが、同書にかき氷が登場します (四十二段) 。

「あてなるもの。…削り氷にあまずら入れて、あたらしきかなまりに入れたる。」

「かなまり」は金属製のお椀、「あまずら」はツタの樹液を煮詰めて作る、一見蜂蜜に似た平安時代の甘味料のことです。傷一つ無い金属の小椀に盛り付け、黄金色のあまずらをかけた平安時代のかき氷。お椀の表面が冷気で白くなり、露を結び、いよいよ冷たさを増す様は「あてなる」つまり雅やかで上品、と表現されるにふさわしかったことでしょう。
しかし氷がこれだけ賞賛されたのは、それだけ貴重品だったためと言えましょう。当時氷は冬の間に、氷室と呼ばれる穴に運び込まれ、夏まで保存されていたのでした。日のあたらない山腹に穴を掘り、地面には茅やすすきを厚く敷き詰めて氷を置き、さらにその上を草で覆って断熱したといわれます。

幕末には天然の氷が大量に輸送されるようになり、横浜の馬車道に日本初の氷屋が開業しました。また、明治16年 (1883) に、東京に製氷所が開設されます。氷が庶民の手に入るようになるまでには、清少納言の時代から実に一千年近い時を待たねばならなかったのでした。

この夏は平安貴族の気分になって、金属のお椀でかき氷を召し上がってみてはいかがでしょうか?

* かき氷は、虎屋菓寮の夏メニューとして販売しております。
|